古いかさぶたを少しずつはがしていくような小説
春樹ワールドに入っていけなかったら、どうしよう・・・。
久々に彼の小説を手にとって、一抹の不安が胸を過ぎります。
多分、我々の世代の多くの人がそうであるように、
私の初めての文学体験は、村上春樹氏でした。
文学=ワルイ、エロイ、(心が)イタイ。
ここで言う文学の定義は、もちろん、中学や高校の教科書には
決して載っていなかったもの、とします。
(あるいは、今の教科書には載っているのかもしれませんが)
「ノルウェイの森」を初めて読んだ時の、胸の奥がザワザワザワ
と音をたてる、あの感覚は、今でもはっきりと覚えています。
それから、十年近く・・・。
ずいぶん前に大怪我をして、なぜだか、そのときのかさぶたが取れずに
ずっと残っていたようです。
「しかし、どうしたらいいか分からなくなってしまったとき、僕はいつも
あるルールにしがみつくことにしているんです」
この一説が、かさぶたの淵を引っ掻きました。
「かたちのあるものと、かたちのないものと、どちらかを選ばなくちゃ
ならないとしたら、かたちのないものを選べ。それが僕のルールです」
傷口は疼きましたが、少しずつ爪で剥がしていきます。
「壁に突き当たったときはいつもそのルールに従ってきたし、長い目で
見ればそれがよい結果を生んだと思う。そのときはきつかったとしてもね」
イタッ。
最後の、一瞬の痛みを我慢して、やっと全部剥がれました。
と、後には、また生々しく、鈍く光る膿が現れる。
完治しない傷に呆然とする一方で、再生するために、また
膿(生)まれてきたことに、ほっとした瞬間でもありました。
この傷口が癒えない限り、村上氏の小説を止めることはできません。